Twitterで議論している人とか見てて思うこと

主にツイッターをまとめよう - Togetterでの議論の流れを見て、書き込む人はこれを読んでほしいなと思いました。
以下東京工科大学「社会思想史」での講義プリント(ベーコンの自然支配思想)からの引用です。

  • 種族のイドラ(idola tribus)
  • =人間という種に共通な偏見。
  • 一度考えを決めてしまうとそれに反する事実が出てきても無視する偏見。感情に左右されて気に入ることの方を信じる偏見。自然の目的論的(擬人化的)解釈。天界ではすべてが完全円の運動をするとみなす偏見、など。
  • 種族のイドラは人間に生得的な(生まれつき備わる)イドラなので、取り除くことはできないとされる。哲学者(科学者)は、理解しやすい説に対しては疑い深く、自分の考えとは反対の説も慎重に検討しなければならないと言う。
  • 洞窟のイドラ(idola specus)
  • =個人的な偏見。洞窟の中から世界を眺めるように、その人の性癖によって自然の正しい把握が妨げられる。
  • 自分の持つ知識を直ちに一般化して公正な見方を失ってしまうとか、ある人は物事の類似点ばかりに注目し、ある人は相違点だけを見るといったこと。
  • これは他人の経験と自分の経験を比較することで取り除くことができる。
  • 市場のイドラ(idola fori)
  • =言葉から生じる偏見(市場でのやりとりが言葉によってなされることから)。
  • 運命、第一動者、天球、火の元素など、本当は存在しないものでも、言葉があると、それに対応する事物も存在するかのように思ってしまうこと。
  • 市場のイドラは生まれつきのものではないが、一度知性に忍び込むと「第二の天性」と化すので、もっともやっかいなイドラとされる。言語に因われず、事物そのものを観察することが重要。また、個物やその性質を示す言葉を使うこと。
  • 劇場のイドラ(idola theatri)
  • =過去の伝統からくる偏見。これまでの哲学説が、演劇と同じフィクションということから。
  • 自分で考えないで権威(宗教的権威、学問的権威など)や伝統を盲目的に信じてしまうこと。
  • このイドラは生得的ではないので、批判的に自分の目で確かめることで取り除くことができる。

議論の流れを見てると自分が必ず正しい、相手の意見はまったく聞き入れないというものが多いような気がする。
これ読んでこれからの議論が良い物になればなぁと思う。